炎上と彼

私が雷ちゃんと初めて一緒に仕事をしたのは昭和三十三年度作品<炎上>である。これは三島由紀夫氏の<金閣寺>の映像化だが、主人公に雷ちゃんをキャスティングすることについて会社の一部に反対があった。美剣士として大活躍している看板スターが、どもりで、国宝に火をつけるという学生僧を演ずることは、雷ちゃんのイメージを壊すから彼にも会社にも損失になるというのである。当時としては無理からぬ意見であった。

雷ちゃんをこの役にと考えたのは、プロデュサーであった永田社長だったか今ハッキリ憶えていないが、その頃は雷ちゃんという人に私は面識がなかった。同じ会社にいても私は東京撮影所で仕事をしていたし、彼は京都撮影所だったから会う機会がなかったのだろう。

俳優としての彼に注目したのは溝口健二監督の<新平家物語>であった。あの若々しい凛冽な清盛に私は率直に感動し、何か機会があったら彼と一緒に仕事をしたいものだと思った。

京都の撮影所の所長室の隣にある狭い薄暗い応接室で、非公式に(まだ彼の事が決まっていなかったので)素顔の雷ちゃんに初めて会った印象は、一言で言うと一見平凡なサラリーマン。どこか几帳面そうで、なんとなく人間味が感じられる、さばさばした現代青年が私の前に坐っていた。「会社が反対やそうですが、わたし、やらせてもらいまっせ」と彼は恬淡とした口調で言ってくれた。モデル問題があったりして製作がなかなか進行しない状態でもあったので、この彼の発言は作品の実現に大きな力になった。

<炎上>は彼にとっても私にとっても、ある意味で画期的な仕事だったと言える。その後、<ぼんち><破戒>と一緒に仕事をした。<ぼんち>は彼がどうしてもやりたくて自分で企画し、私のところへ持って来たもので、私は<炎上>のお礼に監督を引き受けた。

<破戒>は彼が結婚する直前の作品である。「これから話すことがあります。こうして一緒に勉強するのは実は今日限りなのです。私は今皆さんに別れを告げようと思うのです・・・・」で始まる丑松の長い告白−雷ちゃんの扮する丑松が教室で幼い生徒たちにとつとつと告白するセリフの一句一句−その雷ちゃんの声は今も忘れられない。(追悼レコードより)