人はドライ派

市川雷蔵・若尾文子


**水もしたたるやくざ若衆雷ちゃんと可憐な街娘若尾ちゃんの語らいにそっと隠しマイクをむけました**

元禄ドライ娘

雷蔵 僕は逸早く死んじゃったから、もう御用済なんだけど、若尾ちゃんは、まだいろいろと大変ですネ、恋に泣きつづけ。(笑)

若尾 最近は大人になったせいか悲恋のヒロインが多いようだワ(笑)私大工の娘は、じめじめと悲恋に泣く、可弱い乙女じゃないんですよ。当時のドライ娘だと思うの。

雷蔵 金右衛門に対する態度も、頗る積極的だから、当時の娘としては大ドライだよ。そばで見てると金右衛門の方が押されてる。(笑)

若尾 好きなら、スキだと率直に云えるなんて幸せだと思うワ、はっきりした割切りを持ってるんですからネ、恋を打開ける、男は、代償に地図を求める、その目的を知りそして男の真情を知って、それで満足しているんですもの、私としては、ちょっとむずかしいと思ってます。

雷蔵 普通の女性の心理としては、ちょっと納得出来ないナ、大いなる愛情、とでも云うんだろうか?「蛍火」と比べてどう?

若尾 全然性格が違うんですよ。「蛍火」の娘は、気だての良い、本当は平凡な娘なんです。お鈴の方は、オール積極的でしょ、かえってドライな役の方がむずかしいのそれに「蛍火」の方はスケジュールに割合ユトリがあったから、ゆっくり考えながらやれたんです。ところが、「忠臣蔵」に入ったトタン緊張の連続。(笑)

雷蔵 それは判るな、僕もおドロいちゃったんだから、渡辺先生という人のスピードにはド肝を抜かれましたよ(笑) それにオカシイクセがあるんだ、それはネ、俳優たちに、非常に荒っぽい口をきいたり、コズいたりするんですよネ、最初のうちは、調子が判らなかったんだけど、馴れてみると、とっても親近感があるんです。

若尾 クセらしいのネ、親しい人だとか、とても気に入った時なんかには、かえって荒っぽい動作や、言葉を使われるんです。でもそのクセを知らない人はビックリするわネ。

雷蔵 ビックリもするだろうけど、喧嘩ッ早い人なら「カーッ」てなもンだ。(笑) それでネ、イヤな人にはとっても丁寧なんだろう「ああオレは好感を持たれているんだ」なんて思っていたら、トンでもない間違いだよ。(笑)

若尾 私も、ずいぶんコズかれた方なのよ(笑) でも、よかったこんどは、とっても勉強になったと思ってます。テストが短かいでしょう、二、三回やって、こちらがその雰囲気に乗った瞬間に「ハイ、本番ッ」そうすると、とても素直に入れるんです。まるで、こちらの感情の動きを見通しているみたいで、ちょっとコワかったワ。(笑)

雷蔵 そうなんだよねエ、一瞬の油断も出来ないんだ。(笑)真剣勝負の連続みたいな感じでネ。撮影時間は、他の三分の一位なのに、疲れは三倍位(?) 考えさせられることがずいぶん多かった。溝口先生の時の「新・平家物語」と同じで、最後まで息を抜くことが出来なかったナ。緊張のしっ放し(笑) 切腹させられてやっと一息つきました。(笑) それでなくても内匠頭というのは、固くなりっ放しの性格だから。

若尾 昔の大紋烏帽子を着た浅野内匠頭、ほんとに惚れボレするような美しさでしたワ。単なる美しさでなく一種の悲壮美が漂っていて・・・・内匠頭というのは、どんな性格だったのかしら?

雷蔵 さあネ、今迄の内匠頭は、潔白で、短慮、なんて云うの・・・・良い意味のお坊ちゃん的に描かれて来たんじゃないかな人間的に云って、少々頼りない男性だと思いますネ。これをいかに、観客から、哀れさと、同情を引くか、というのが内匠頭を演ずる性根だと思うんです。人形になるオソれも充分あるでしょう、反面非常にやり甲斐のある役でもあります。僕としては後者の気持ちですよ。お鈴の性格は、現代の女性に合通じるものがあるんじゃない?

ヨロメキ男性

若尾 そうね将来はともかく、今日の恋に喜びを感じる一面と、只一度の恋に死んでゆく人の面影を胸に抱いて、永遠の愛に生きる、という新、旧二つの感情が交叉してるんじゃないでしょうか?現代の女性にはない面があるんです。お鈴がもっとドライな娘なら、金右衛門を引止めて恋に生きようとせがむんじゃないでしょうか?

雷蔵 毛利小平太が二人になっては困りますがナ(笑) まことに尊い犠牲的精神の発露だ。(笑)

若尾 女の身としては辛いことです。でも、あの当時の娘、殊にドライなお鈴でさえ、大義とか、そんな一種の掟めいたものを尊ぶ観念的なものがあったんだと思います。これだけは現代に通用しないと思うんです。お話しは違うけど、山本さんのあぐりとってもおキレイね、雷蔵さんと並べるとほんとうに内裏様とおヒナ様みたい。

雷蔵 テレさせちゃいけません。(笑)そちらさんも悲恋だが、僕の方も悲しき限りです。僕がカア助になったために、美しい若後家さんを造っちゃった、全く内匠頭という男は頼りにならん男です。(笑) でもネ、お富士さんとの新婚生活はたったの一日切りでオシマイでした、何分ジェット機並みのスピード(笑)でしょう。顔が逢ってなんとなく語っているうちにハイOK、これでオシマイ(笑) まことにアワイ夫婦の語らいでありました。わずか一日で、未亡人になったんだからお気毒なこと(笑) ちょっとした戦争未亡人だ・・・・。(笑)

若尾 でもネ、この間のラブ・シーンだけは実に慎重でしたわよ。なんとなく尻込みしてる金右衛門を、強引に「好きと云ってえッ」なんて口説くんでしょ。時代劇のラブ・シーンは、現代劇に比べてどうしてもオーバーになりますからネ、テレちゃった。(笑) 鶴田さんたら、終ってから「若尾ちゃんのパッションにはさしもの道心堅固な岡野金右衛門も、大ヨロメキだッたよ」なんてヒヤかすんですもの。(笑)

雷蔵 判るなア、その気持、ああ体当りされて、ヨロメカない男は普通じゃないよ金右衛門と云う男は、男冥利に尽きたる旦那だ。(笑)

若尾 いやだ、またそんなこと云う、私は、お色気に関しては全然自信ないでしょ、だからお鈴の情念だッてあくまで清純で、大胆であろうとも、やはり娘の情熱ですからネ、ヨロメキのムードじゃないですよ。(笑)

雷蔵 いや、それはごけんそんだと思うな、非常に清潔なるお色気が発散してますよ、自信を持って大丈夫、保証しますよ(笑) いかんナ清廉実直なる内匠頭が、そんなことを云っては。(笑)

若尾 根上、菅原さんなど、シビレを切らして弱っていたけど私もシビレには弱いのよ(笑) 私はそうキチンと坐るシーンがそうないからよかったけれど、男の方たちは大変なんですよ、お大名役が多いから坐りッ放しで、シビレの切れ通し(笑) ゴ同情のいたりでしたワ。

雷蔵 僕らは、お坐りの方は本職だから(笑) 大変だったろうと思います。それに長袴の捌きもむずかしいですからネ、馴れないうちは、裾をフマれてよく転ぶものなんだ(笑) 

スピードについてもう一つ松の廊下の刃傷シーンね、あれ半日で終っちゃったんだよ(笑) オドきましたねエ全く。映画史上に、松の廊下を半日で上げたなんて記録はないらしいよ、名実共に新記録樹立(笑)素晴らしい早さだナ、いわゆる構成の早さだと思うんです。俳優の位置から、動きが一瞬にして渡辺先生の頭の中で描かれる、ワン・カットの分位で、すでに次のカットが造られているんですよ、だから、「松の廊下」も、朝入って、お昼休みまでに、内匠頭が怒髪天を衝き、吉良を斬るので、さっと片附いちゃった。それでいて演ってる側も、少しの無駄もなく計画通りの演技をフルにやった。早すぎたなア、なんて感じは少しもないんですネ。テストが短いからフレッシュな感じで演れるんですよ、内匠頭の怒り、悲しみが生のままで出せたような気がします、なんて生意気云ったりして(笑) 京都は永いんでしょ、こんどは?

若尾 ええ、こんなに永く滞在したのは始めてですよ。おかげで少々は京都通になれたやっぱり、こんな落着いた雰囲気の中で、じっくり腰を据えないと、ほんとの時代劇の味が出ないのかなア、なんてトクに思います。時代劇ッてやっぱりむずかしいですね、殊にお鈴みたいに積極的な性格になると、すぐ現代劇の生地が出ちゃいそうな位がするの、外見だけの時代劇娘なのよ。(笑)

雷蔵 それがかえっていいんじゃないのかな当時の娘らしからぬ積極性と、フレッシュな感じはむしろ現代調に近いと思うんだけど、昔の型通りの娘さんじゃ、お鈴の感じがしないよ。

若尾 そうなれば有難いんだけど、ほんとかしら。(笑)

雷蔵 ウタぐり深い人だナ、ほんとですとも殊に激しさの一面、献身的、もつともこれは激しい愛情に付随するものだけど、良い面もあるんだ、理想的な女性だ
な、お鈴は。

若尾 ああら、なにか魂胆があるんじゃないの(笑) ウス気味悪くなっちゃった、もつともお鈴という女性が理想的であって、私自身じゃないんでしょうから安心だけど(笑) 変な安心ネ(笑) でも、お鈴の周囲は非常に同情的なんですよネ、父親は、娘が絵図面を盗んでも、黙って見逃してやる、そして、その相手が赤穂の浪士で娘の将来に何の希望もないことを知って、ただ一時の、まるでうたかたのような恋を守ってやるんですもの、このあたりの古めかしいけど、愛情の花咲くうるわしいお話しだワ。

雷蔵 自分の境遇にしてりゃ世話はないよ(笑) いやごめんなさい(笑)

若尾 おぼえてらっしゃい、とかく時代劇の男性は、専制君主で横暴なのよ。(笑)

雷蔵 そんなのないよ、変なトバっちりはごめんです。(笑) 突如として風向きが変るところに江戸ドライ娘の特質があるのかな。(笑)

若尾 かねがねお噂は聞いていたけれど、雷蔵さんの毒舌は相当なものネ、はじめてその正体に接したました。(笑)

雷蔵 やだな、この人は、いかなる恋の恨みかは知らない、相手違いの内匠頭に当るなんて、逆恨みと云うもんだよ、第一僕が毒舌だなんて、とんでもない濡衣ですよ、皮肉を云う程度なんだから(笑) そりゃア時代劇の主人公が、女性に対して横暴だなんて誹謗の一部分は認めますがネ、認めちゃいかんかな(笑) それは、永い封建の歴史に培われた社会構成のなせるわざでしてネ、一概に男性のみを非難するのは片手落ちですよ、ちょッとお話しが、固くなりましたナ(笑) だッてさあ、国定忠治や丹下左膳をフェミニストにしちまったら、あの颯爽さが消えちまいますからねエ、そりゃあ無理と云うものですワ(笑)

若尾 と男性方には逃げ口上があるんですよ、考えてみると、現代劇は、女性の地位、立場を尊重してます。暴力物は別だけど、でも私のお鈴だッて、結局は、蔭に泣く女性でしょ、あぐりだッて、内匠頭の自分勝手な刃傷のためにあたら青春を暗黒の中に埋めなければならない。

ドライな時代劇

雷蔵 若尾ちゃん、よッく判りました、話題を変えましょう(笑) 不利なんだ(笑) 僕ね、こんどは大いにドライな役をやらしてもらうんですよ。大体、時代劇の主人公は、義理人情のシガラミに縛られて、大変ウエットな精神の持主ばかりでしょう、僕は、そんな世界の中にも、やっぱり時代、時代のドライな人間が居たと思うんです。冷酷な面もいいと思うし、とびっきり明るい性格でもいい、そんなところに、演技の新しいジャンルがあるんじゃないかと思って、ます。とにかく定型的な
時代劇の人物の枠からトビ出してみたいなア、生意気かも知れないけれどこれだけはやってみたい。勿論、原則的には、あらゆる時代劇の約束事を基本とはいたしますがネ。若者よ希望を持て。(笑)

若尾 そうね、それは大賛成、雷蔵さんの時代版ドライボーイは、たしかに新しい魅力だと思うわグレた内匠頭(笑) ごめんなさいさっきのほんのお返しですの(笑) 私もぐっと現代調の時代劇で、激しい性格のものをやらしてほしいの、一度オーソドックスな作品に、なんて考えたことはあるんだけど、やっぱり自信ないから止めときましょう。(笑)

雷蔵 そう、気の弱いこと云わずに一ぺんやってみることだナ。古い型の役に、新鮮味がプラスにされれば、別の感じが出ていいと思うナ。

若尾 オダてても駄目、私は、私の道を行くわ(笑) でも、ホッといたしました。これは本心、馴れないお仕事は、緊張感がずーっとほぐれずにつきまとうでしょう、殊にスピーディなんですから、しょっちゅうこちらが追っかけられているような感じなんですよ。こんどのお鈴だけは、これまでにない役柄だけに、苦心もしましたけど、ちっとも悔いのないお仕事をさせていただいたと感謝しています。最近こんなに勉強になったこはないんですよ、でもねエどんなお鈴が出来上ったかが、期待
と心配が入り混じったヘンな気持ちなのよ。(笑)

雷蔵 お互い様だよ、僕も内匠頭の喜怒哀楽を、どの程度に演りこなせたか、と心配してます。こんどは一ぺん、ゴ一緒にお仕事させてもらいましょうネ。

若尾 私の方こそ、たのしみにしています。

雷蔵 じゃあ、また。

(・・・・とニッコリ顔を見あわせて肯きあうお二人です。やがて雷蔵さんは『旅は気まぐれ風まかせ』のセットに、そして若尾ちゃんは『忠臣蔵』のオープンへと、右と左にグッド・バイ。ホンワカ春の匂いがただよう或る日のスタジオの片隅での楽しいかたらいのひとときでした。
呼吸のあったお二人の共演映画の実現の一日も早からんことを祈りましょう。)

(昭和33年4月発行別冊近代映画「忠臣蔵」特集より)