かげろう絵図

1959年9月27日(日)公開/1時間58分大映京都/カラーシネマスコープ

併映:「科学の勝利」(記録映画)

製作 三浦信夫
企画 財前定生
監督 衣笠貞之助
原作 松本清張
脚本 衣笠貞之助・犬塚稔
撮影 渡辺公夫
美術 西岡善信
照明 加藤博也
録音 大谷巌
音楽 斎藤一郎
助監督 西沢宣匠
スチール 藤岡輝夫
出演 山本富士子(登美・豊春)、滝沢修(中野石翁)、志村喬(良庵)、木暮実千代(お美代の方)、柳永二郎(大御所家斉)、河津清三郎(水野美濃守)、黒川弥太郎(島田又左衛門)、阿井美千子(中年寄菊川)、三田登喜子(女中霜)、矢島ひろ子(お多喜の方)、南左斗子(小屋頭の娘お民)、千葉俊郎(沼田十三郎)、伊沢一郎(将軍家慶)、須賀不二男(奥村大膳)、山路義人(落合久蔵)、永田靖(下村孫九郎)、松本克平(瓦師六兵衛)、大和七海路(火の番お蝶)、加茂良子(大奥女中富佐)、香川良介(美濃部筑前守)、坂東蓑助(脇坂淡路守)
惹句 『時代劇最高トリオが剣に、恋に、復讐に息をもつかせぬ面白さ』『話題の原作!魅力の配役!最高の演出!これ以上は望めぬ黄金時代劇』『大奥の美女怪死事件をめぐって、陰謀渦巻く大江戸城に、雷蔵、山本が、斬って、恋して、千変万化の大活躍

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 徳川十三代将軍家慶は、将軍とは名ばかりで、実権は大御所家斉が握っていた。さらに、影の実力者として家斉の愛妾・お美代の方の養父・中野石翁が君臨していた。石翁は十四代将軍にはお美代の方の孫に当たる前田家の若君をと画策、家斉失脚を狙っていた。これを阻止せんものと旗本・島田又左衛門の正剣が舞う。山本富士子が一人二役で大活躍。

          

江戸城大奥の雷蔵、山本、黄金コンビ

 昨年度ブルーリボン賞で、共に主演演技賞を獲得したのが市川雷蔵さんと山本富士子さん。このお二人のコンビがいよいよ実現することになりました。松本清張原作、衣笠貞之助監督の『かげろう絵図』がそれ。物語は、江戸城大奥を舞台にした絢爛たる時代スリラー。

 雷蔵さんは大奥に秘められた社会悪と謎に挑む青年武士・島田新之助、山本さんは命を賭して大奥へ入り込む女隠密・登美と、新之助の恋人になる小唄の師匠・豊春という姉妹の二役で活躍。時代劇には珍らしい、サスペンスに富んだスリラー的構成で、原作者は「現代の“下山事件”にも比すべき謎の事件が中心です」と言っています。

 この作品についての抱負を、雷蔵さんは次のように語りました。「これは、従来の時代劇とちがって、サスペンスに富んだものですが、僕の出るところは、いつもといっていいほど、お客さんに快哉を叫んでもらえるようなシーンばかりです。本当に気持ちのいい役で、立回りも今度は“やわら”の型を取り入れた目先の変ったものにしたいと思っています・・・」と大変な張り切りぶり。

 いっぽう、山本さんは、「毎年、夏になると時代劇で立回りをするというのが、ここ数年の宿命みたいになっているのです。それで、今度もまたアセモだらけになる事だろうと、いまから覚悟をしています・・・。雷蔵さんとは、これでもう十何本目かになりますが、撮影の合間にお互い、憎まれ口を叩き合うことにも大きなファイトを感じるのです」とファイトを燃やしています。

 黄金コンビと呼ばれるだけに、クランクアップが待たれる作品といえましょう。(近代映画59年9月号より)

解   説 

★『かげろう絵図』は、現在読書界を風靡している人気作家松本清張が、東京新聞夕刊に筆を執って、目下好評裡に連載中の同名の時代推理小説を映画化するもので、映画界におけるいわゆる“清張ブーム”の中でも、時代小説の映画化は今回がはじめてということになります。

★これを演出する衣笠貞之助監督は、一昨年夏の『鳴門秘帖』以来二年振りの時代劇のメガフォンをとるものだけに、その意気込みも一方でなく、ベテラン作家犬塚稔と協同脚色の筆をとり、時代劇のあらゆるテクニックを駆使し、しかも清張推理物のニュアンスを余す所なく伝える、完璧な娯楽時代劇を生み出すことが期待されます。

★物語は、原作者の言葉をかりていえば「現代の下山事件にも似た・・・」大きな謎を扱ったもので、徳川十三代将軍跡目相続をめぐる江戸幕府最大の陰謀事件を中心に、陰謀の根元ともいうべき江戸城大奥を世界として、それが大映スコープ総天然色の画面に絢爛とくりひろげられる推理時代劇の大作です。

★いま人気最高の市川雷蔵と山本富士子が、ブルーリボン主演演技賞を揃って獲得して以来、初めての顔合せをするという話題は、山本富士子の時代劇最初のダブル・ロールとともにファン待望のものですが、これに加うるに、黒川弥太郎、木暮実千代、滝沢修、志村喬、柳永二郎、河津清三郎、永田靖、松本克平、山路義人、千葉敏郎、伊沢一郎、須賀不二夫、香川良介、坂東蓑助らの芸達者に、阿井美千子、、三田登喜子、矢島ひろ子、南左斗子、大和七海路、加茂良子らの大映東西女優陣のよりすぐりが出演するほか、総員六十数名に余る大キャストを組んだのも、大映が標榜する一本立大作にふさわしいものです。

★スタッフもまた、撮影には最近衣笠監督とコンビで幾多の名作を残している渡辺公夫をはじめ、録音・大谷巌、音楽・斎藤一郎、美術・西岡善信、証明・加藤博也、衣裳考証・上野芳生、装飾考証・内藤晋、邦楽・中本敏生らの一流陣です。

★とまれ『かげろう絵図』は、大映の大作一本立制が本格的に軌道にのり、完全にその底力を発揮する第一回作ともいうべきもので、前述のいろいろの話題と併せて、今秋の映画シーズンを飾るにふさわしい娯楽時代劇の黄金篇です。(公開当時のパンフレットより)

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物   語

 徳川十三代の家慶は将軍とは名ばかりで、実権は大御所家斉が握っていた。更に勢力をはっていたのは、家斉の愛妾お美代の方の養父中野石翁であった。一時家斉の寵を奪ったお多喜の方はお美代の方のさしがねで葬りさられた。

 その時お美代の方を助けたのがお末女中の登美であった。登美はお美代の方の庇護のもとに大奥に仕えることになった。登美は幕政の改革に大志を抱く旗本島田又左衛門の意を体して大奥に潜入すべく、お美代の方に近づいたのだ。

 石翁の鋭い目は登美を注目し始めた。登美には瓜二つの顔をした豊春という町娘の姉がいた。豊春は又左衛門の甥新之助とくらしていた。

 宿下りを許された登美には早くも尾行者があった。新之助の隣に住む町医者良庵が、ある夜、極秘の使いでみごもった女を診察した。お美代の方附きの中年寄菊川だった。大奥の紊乱の洩れることをおそれた石翁は、菊川を殺させ、姿を変えさせて水死人よろしく隅田川に流した。

 良庵は往診の途上何者かに誘拐された。これを知った新之助は石翁邸に忍び込み、女の衣類を土に埋める女中たちの姿を目撃した。菊川が宿下りしたまま城に戻らないという登美の手紙をみて、新之助、又左衛門らは水死人が菊川であることを認めた。

 家斉が卒中で倒れた。かねてよりお美代の方の孫にあたる前田家の若君を将軍の世継ぎに立てるべく画策する石翁一味は、家斉を陥れ、家斉のお墨附きを得て喜んだ。祝杯をあげる石翁に新之助は菊川の着物をみせ、愕然とする石翁の悪事を痛烈に罵った。激怒した石翁は侍を向けたが、新之助は身軽に邸をぬけ出し、捕えられたのは新之助の身を案じて邸に忍び込んだ豊春だった。

 折柄、家斉危篤の報があった。救い出した豊春からこのことを聞いた新之助は邸にひき返し、今しも登城寸前の石翁の手からお墨附きを奪った。警備の侍が新之助を囲んだ。江戸城は夜に入っても、総登城の行列が延々とつづいた。( キネマ旬報より )

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                                           かげろう絵図                   小倉 真美

 徳川十二代将軍家慶の頃、政治の実権は大御所家斉にあって、その腹心中野石翁(滝沢修)が家斉の愛妾(小暮実千代)の養父たる地位を利用して、将軍跡目の陰謀をたくらむ話。入道姿の滝沢は、政治的野心家の風貌をかなり鋭い感覚で力演しているが、時々悪玉然とした睨みを加えるのは、娯楽物を意識しての妥協であろうか。この人物だけにはナレーションで自らの心理解説が入る。この方法を徹底させれば別の面白さが出たはずだが、描写と共に中途半端に終っている。

 陰謀派に対して、正義派の中核が旗本島田(黒川弥太郎)で、そのスパイとして登美(山本富士子)が大奥の末女中に入る。登美の行動は慧眼の石翁に怪しまれ、両派の前哨戦が始まる。不義の子を宿した御殿女中の殺害、それを診察した医師誘拐などの事件がつづき、松本清張の原作らしいスリラーを展開し、衣笠貞之助が丁寧な演出で進めて行くのは好感が持てる。

 登美には三味線師匠の豊春という姉がおり、それが山本富士子の二役。同一画面に登場しての会話の応酬は見事だが、トリックとしては原始的で、新鮮な創意のないのは残念である。豊春と同棲する浪人が市川雷蔵で、剣道の達人。この人物が最も類型のスーパーマンなので面白くない。多くの人物をさばき切れなかった脚色構成の古さでもあろう。

 例の如きチャンバラで結末がつくかと思うと、不意に第三者のナレーターが、おあとはいかがあいなりましょうか的なことを喋って前篇終りは、ちょっと小馬鹿にされたみたいで、うまい商策とはいえない。手を抜かない衣笠の演出は重厚であるが、『雪之丞変化』の面白さを期待すると失望する。セットはずいぶん凝ったもので、美術担当西岡善信の功績は大きく、アグファカラーを使用した渡辺公夫の撮影は、近頃稀な水準の高い階調と構図を見せてくれる。(興行価値: 雷蔵・山本の顔合せは絶対だが、テンポのないのが欠点。封切成績もいま一つののびがなかった。キネマ旬報より)

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 58年から59年にかけて、東京新聞夕刊に連載された。徳川十三代将軍の跡目相続をめぐる江戸幕府最大の陰謀事件を描く松本清張の推理小説。 新潮文庫、文春文庫等で読める。

■清張さんの時代小説 食わず嫌いだったが

 『かげろう絵図』の初読は、20代半ばだった。翻訳小説の乱読と同時に、松本清張作品も片っ端から読破した。が、清張作品でも、時代小説だけは食わず嫌いで避けていた。

 大阪出張の帰途、読む本がなくなっていた。東京駅地下街で購入した文庫本は往路車中と、投宿したホテルで読み終えていた。当時のひかりは、東京まで3時間強。車中を寝て過ごすには若過ぎた。ひかり乗車までのわずかな時間で、急ぎ購入したのが本書だった。時代小説しか、未読の清張作品がなかったからだ。

 読みたくて読んだわけではなかった。なのにわたしは、本書で時代小説のおもしろさを知った。

 徳川11代将軍家斉(いえなり)。将軍の座は12代家慶(いえよし)に譲りながらも、大御所として君臨する家斉。この姿に強い衝撃を受けた。

 勤務していた旅行会社は、社長ではなく副社長が実権を握っていた。副社長が住んでいたのは、中央線沿線。副社長の覚えめでたきを求めて、部課長はもとより役員のほとんどが元日に屋敷詣でをしていた。そのことは、平社員末席のわたしでも知っていた。

 『かげろう絵図』で清張さんが描いたのは、将軍ではなく大御所家斉に取り入ろうとする者の生態だった。物語の舞台は1840(天保11)年。対する読者は、いまを生きる者だ。作中のエピソードを、読者は身の回りの出来事に置き換えたり、重ね合わせたりしながら読み進む。物語の時代といまとが遠く隔たっているがゆえに、読者は「いまとまったく同じじゃないか」と、ことさら深く得心するのだ。

 権力者に取り入ろうとする者と、冷や飯を食わされる者。それらの者が織りなす栄枯盛衰譚(たん)は、ひとのさがのあらわれで、いつの世も同じだ。歴史的事実という堅固な土台のうえに、作者の創作を構築する。どこまで本当なんだと思う小説手法を、わたしは本書に教わった。(山本一力   Asahi.com Book 08/03/08掲載より)

 

  

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