眠狂四郎殺法帖

1963年11月2日(土)公開/1時間22分大映京都/カラーシネマスコープ

併映:「巨人大隈重信」(三隅研次/宇津井健・坪内マキ子)

製作 大菅実
企画 辻久一
監督 田中徳三
原作 柴田錬三郎(週刊「新潮」連載)
脚本 星川清司
撮影 牧浦地志
美術 内藤昭
照明 中岡源権
録音 奥村雅弘
音楽 小杉太一郎
助監督 土井茂
スチール 藤岡輝夫
出演 中村玉緒(千佐)、城健三郎・若山富三朗 (陳孫)、小林勝彦(金八)、扇町景子(芸者歌吉)、真城千都世(常磐津文字若)、沢村宗之助(前田宰相斉泰)、伊達三郎(銭屋五兵ヱ)、高見国一(捨丸)、荒木忍(僧空然)、南部彰三(窯元蔵六)、木村玄(根来竜雲)、美吉かほる(お美代の方)、橘公子(船宿のお女将)
惹句 『宙に円月を描けば鮮血一条一瞬、地上に崩れ落ちる六つの影

■ 作 品 解 説 ■

 この作品は「週刊新潮」に連載され、絶大な人気を博している柴田錬三郎の同名小説を映画化、快進撃をつづけている大映が自信をもって放つ颯爽の異色娯楽大作です。

 この作品の主人公眠狂四郎は、われわれの日常会話にも時折登場するほどすでに馴染み深い人物ですが、数奇な運命を負わされた、冷たい美貌にどこか虚無の影を宿しており、“明日”もすべての栄誉とも無縁に生きている人物。人を斬っても女を抱いても、残酷さやいやしさを感じさせない清澄な一種乾いたムードを湛えている特異な魅力の持ち主。

 また、彼を襲う相手によって自在の変化をみせる剣、なかでも必殺の剣 魔剣・円月殺法は剣の醍醐味の白眉といえるものです。

 つめたく、鋭くそして不思議なうつくしさに彩られた剣と特異な個性をもつこの全く新しいタイプのヒーローには、イメージずばりの市川雷蔵が扮し、一年ぶりの希望実現に、代表作の一つにと並々ならぬ意欲を燃やしています。

 狂四郎と宿命的な出逢いをする、夢のように藹たけた美女千佐には中村玉緒が扮して、一年半ぶりに黄金コンビを復活させているのもたのしい話題の一つです。又、少林寺拳法の達人で豪放磊落な陳孫には城健三朗、幇間のような弁舌と素っとぼけた味の金八には小林勝彦、お弟子よりは狂四郎に夢中の常磐津文字若に真城千都世、男を口説くのが芸と心得ている芸者歌吉に大映初出演の扇町景子、千佐を慕い陰に陽に狂四郎を助ける異形の忍者捨丸に高見国一らが扮しているほか、沢村宗之助、伊達三郎、荒木忍らが適役を得て脇を固めています。

 演出には、これまで「悪名-」「座頭市-」などを生み育ててきた田中徳三監督が当って、新しい魅力的な人物創造と、焦点の深い鋭角的な画面構成に豊かな才覚を存分に揮っているのをはじめ、各パート第一級の精鋭がすばらしい意気ごみで、みごとなチーム・ワークをみせており、錦秋の大作にふさわしい風格と、魅力にみちた、颯爽とした異色の娯楽作品として期待大きな作品です。(公開当時のプレスシートより)

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 快進撃をつづけている大映が自信をもって放つこの作品は「週刊新潮」に連載され絶大な人気を博している柴田錬三郎の同名小説を映画化した颯爽の異色娯楽篇。

 数奇な運命を負わされ、冷たい美貌にどこか虚無の影を宿して、すべての栄誉とも無縁に生きる魔剣の使い手に、すでに適役の市川雷蔵が扮して、並々ならぬ意欲を見せ、相手役に中村玉緒が登場。一年半ぶりに黄金コンビを復活させているのも楽しい話題です。

(大映グラフNo4より)

 

■ 物 語 ■

 春の風のように気紛れな狂四郎が“巣”と呼んでいる大川端の船宿喜多川に赴く途中、突然、手裏剣の襲撃をうけた。闇の中に姿を溶かしているのは伊賀者と知れた。間断なく迫る七人のうち六人を斬りすてたが一人は逃げ去った。捨丸という五尺に満たぬ男だった。

 一刻後、つねに血と女の脂粉の匂が肌にしみこんでいるような狂四郎は、喜多川の二階で芸者歌吉の口説をきいていた。人を斬ってきた事も女の口説も他人事のように無表情な顔で。

 喜多川から常磐津の師匠文字若の家の離れに移った翌日、狂四郎は加賀前田藩の奥女中千佐の訪問をうけた。命を狙われている唐人陳孫から護ってくれというのである。陳孫とは、前夜金八がもってきた使い文の主であり、退屈が死よりもいやな狂四郎、気紛れな興を誘われて、千佐を文字若の家に預けた。

 使い文に認めてあった指定どおり亀井戸の清香寺に出向いた。陳孫は、少林寺拳法と円月殺法の技の雌雄を競いたいとの申出の他、千佐は前田藩の間者であること、前田藩の事とは関わりを断てと告げて去った。

 文字若の家から喜多川の二階に移った狂四郎は、あらためて千佐と対いあい、千佐の仮面を剥ぎ、加賀藩のからくりをあばいた。すなわち、前田藩主は豪商銭屋五兵衛と結んで、禁を破って大規模な密貿易を働いて巨富を築いた。しかし、公儀への発覚を惧れて銭屋一族を処断したが、復讐を企む銭屋の仲間の陳孫を抹殺するため、千佐を放って狂四郎に近づけたという寸法である。図星をさされた千佐の衝撃は大きかった。それでも間者の知恵か、これまでの拒絶の姿勢を崩してみづから行燈の火を吹きけし、胸許をひろげて狂四郎を誘った。狂四郎は抱かなかった。燃えもせぬ捨てたからだに狂四郎は女を認めなかったのだ。ただ、人間を品物同様に利用する者への憤りだけが湧いてきた。

 一日、狂四郎が、又現われた陳孫に伴われた先は、河口に近い大川の底、外国の品々に飾られた部屋の中央には死んだ筈の五兵衛が笑みさえふくんで座していた。用件は、金銀と短銃を擬しての協力要請だった。権力と金力の嘔吐を催すような血なまぐさいこの争いなど高見の見物をきめこむ狂四郎に報いるため、陳孫は千佐を拉致し去った。

 前田藩主の寝所に乗りこんだ狂四郎は、バカ気た茶番の決着をつけるよう迫るが、更に動ずる色もなく愛妾を侍らしている。狂四郎はその剣で女の衣装を裾から逆に念入りに、そして容赦なく一枚づつ斬り裂いてみせた。陳孫らを斬れば三千両という前田侯に対する狂四郎流の答えだった。

 江戸表から帰国する前田侯とともに舞台は金沢に移ることになる。金沢へ向う狂四郎の前に、又伊賀者の群れが現われた。ものも言わず殺到する彼らは瞬時にして夢想正宗の餌食となって果て、頭株の根来も術を尽して斗いを挑むが、妖しく冴える円月殺法の前にはそれも空しく、胸板から血を吹きあげて朽木のように倒れた。

 金沢には、すでにカードが揃っていた。千佐の出現以来、狂四郎に執拗にまといついていた捨丸が、千佐が捕われている場所をつきとめてきた。この男は千佐に惚れているのだ。

 陳孫の許から脱出した千佐は、母の幼馴染で九谷焼を営んでいる蔵六の家に身を寄せて狂四郎を待った。狂四郎を迎えた千佐の双眸は女の情熱にうるみ、身悶えながら喘えいだ・・・「・・・もう、どうにもなりませぬ・・・狂四郎さま・・・たとえ今宵かぎりでも・・・」もとより木石ではない狂四郎の声も、語尾はかすれて切れた。

 後を追ってきた金八と文字若に早速仕事がきた。前田家の命運を動かす、密貿易に絡む文書を秘めた碧玉の仏像の所在を、捨丸が探ってきたので、三味線よりは江戸一番のスリの腕を見込んでのこと。陳孫に体当たりを喰わして奪った木筥は、塀を越えて狂四郎の手に、地を蹴って対い合った陳孫は狂四郎を電撃技で襲うが、捨丸の一計で陳孫がたじろぐ隙に狂四郎は姿を消し、勝負はお預けになる。

 狂四郎は碧玉仏をはさんで、蔵六から聞いた千佐の出生の秘密、前田侯が千佐の実父であること、母は出家していることなどを語り、碧玉仏を彼女に与えた。千佐は小石をつめた木筥をもって、前田侯と対座した。逆上する彼に土下座を求めた。取引に勝った千佐は高らかに笑うが、その声には哭くよりも哀しいひびきがあった。

 千佐の母が隠栖している北の海に面した砂丘の尼寺を訪れた狂四郎と千佐がみたものは、凄じい形相で絞殺されている尼僧だった。千佐の悲痛な叫びに、狂四郎の眉宇にはじめて怒りがうごいた。

 風に吹きさらわれてゆく砂に屍骸を葬り終えたとき、陳孫と五兵衛が姿を現わした。円月殺法と少林寺拳法の対決の秋がきたのだ。(大映京都作品案内No733より)

■ 主題歌 ■

眠狂四郎の唄

作詞:野村俊夫 作曲:山路進一 唄:村田英雄

一、 都どり鳴く 大川端の 
月に吹かれる 落差し
寄るな騒ぐな 情けはもたぬ 
夢想正宗 
抜けば血を見る 人を斬る
ニ、 浮世すねもの ぶらりと生きる 
眠狂四郎 鬼じゃない
顔じゃ冷たく 笑っていても
女ごころにゃ 
腕も白刃も 鈍りがち
三、 風が風よぶ 円月殺法
伊達や酔狂で 見せはせぬ
持ったいのちを 粗末にするな
相手誰でも 
斬るといったら きっと斬る

 

眠狂四郎殺法帖

                          深沢 哲也

 どうやら、眠狂四郎という人物の説明に比重をかけすぎたように思う。狂四郎は「俺は人間を品物のように扱う奴等をにくむ」とか、「覚悟をしてからだを投げ出す女は燃えないからきらいだ」とか、「俺は人間にアイソをつかした男だ」とか、自分の口でさかんに自分の人がらを説明する。それなのに、画面にあらわれる彼の行動は、これまでの時代劇のヒーローと大差はなく、世をすねた感じも非情味もうすい。描写で示さねばならない狂四郎の人物説明を、もっぱらセリフだけに頼ったところが、失敗の一因であろう。

 銭屋五兵衛を処断して、その財宝をうばった前田藩主、復讐の鬼となった五兵衛、権力と金力の争いをひややかにながめながら、人間悪に挑戦する狂四郎。といったように、娯楽時代劇としてのお膳立ては一通りそろっている。だが、それがフルに活用されているとは思われず、筋立ては意外に底が浅いし、進展性も乏しい。それに、狂四郎ひとりに重点をおきすぎたせいか、彼以外の登場人物には描写不足が目立つ。

 おわりに、狂四郎が断崖上で「もうこの世に美しいものはないのか」と叫ぶ場面など、とくにピンとこない。日本全国津々浦々をさがして歩いたわけでもあるまいに、ずい分大げさなことをいうものだ━なんて考えたら、とたんにバカらしい気分になってしまった。雷蔵は、セリフ回しに工夫をこらしてなかなかの熱演だが、ニヒルなムードも希薄。それと、混血児ということを意識して、赤毛のカツラを使用しているが、この場合、そこまでリアルにやる必要があったかどうか、疑問である。失敗作というべきだろう。  (キネマ旬報)

 

    新潮文庫 08/20/87発行

将軍の衰耄、大奥の秘事、豪商銭屋の野望、柳生との御前試合。絶体絶命眠狂四郎。 

 佐渡の金銀山の不正を探るために西丸老中・水野越前守の送り込んだ隠密が、次々に姿を消した。真相究明を依頼された眠狂四郎の前に立ちはだかる刺客たち――少林寺拳法の達人・陳孫の助けを借り、刺客をかわしながら狂四郎が探り出したのは、本丸老中・水野出羽守、加賀百万石、豪商・銭屋五兵衛らの、将軍家斉を操り人形にしようとする恐るべき陰謀であった・・・。

 眠狂四郎は無頼の一匹狼であるが、老中・側頭役の武部仙十郎の依頼を受けて動くこともある。この殺法帖は佐渡の金銀山の不正にからんだ恐るべき陰謀に眠狂四郎が関わっていくものである。

 シリーズ第一作『眠狂四郎殺法帖』とは、あらすじが違うため、先に映画を観てしまうと、違和感を覚えるが、幕閣のトップによるすさまじいが暗闘も巻き込まれた狂四郎は、相変わらず虚無的である。読み応え十分の狂四郎シリーズの一冊

柴田 錬三郎/しばた れんざぶろう

 (1917-1978)岡山県生れ。慶応義塾大学支那文学科卒業。在学中より「三田文学」に現代ものの短編を発表。戦後、「書評」の編集長を経て、創作に専念。1951(昭和26)年、「イエスの裔」で直木賞を受賞。以後、時代小説中心に創作し、1956年より連載開始の「眠狂四郎無頼控」は、一大ブームとなった。主な作品に「剣は知っていた」「赤い影法師」「運命峠」「御家人斬九郎」「剣鬼」「決闘者 宮本武蔵」等。享年61。

 歴史読本1994年11月特別増刊号[スペシャル48]RAIZO 「眠狂四郎」の世界に詳しい。また、シリーズ映画「眠狂四郎シリーズ」参照。

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