昨年秋、松竹の『眼の壁』、東映『点と線』のヒットでスクリーンに“推理映画ブーム”の端緒を開くことになった原作者松本清張をめぐって、いま映画各社は合計十五の“清張もの”を準備、今秋の映画界は“松本清張で明け暮れの、推理映画ブーム”をまたまた招来しそうである。

 昨年は『眼の壁』、『点と線』、『影なき声』(「声」改題)、『共犯者』(大映)の四作品がやつぎばやに映画化され、松本清張の名はスクリーンにもクローズアップされたが、ことしは大映が秋、オールスターキャストの大作『かげろう絵図』を、東宝が秋から『黒い画集』をシリーズ製作、日活が『蒼い描点』、東映が『〇の焦点』・・・と全部で松本清張の原作は十五作品が準備中というのだから、いかに人気作家とはいえ、前例のないブームぶりといえる。

 うち『かげろう絵図』が最も早く、八月上旬は衣笠貞之助監督、市川雷蔵、山本富士子の顔合わせに長谷川一夫が一枚加わって映画化される。封切りは一本立大作主義がここぞと勝負する、十一月のシルバーウィークである。

 原作は、T紙に500回にわたり目下連載中のもので、江戸城大奥を舞台にした時代スリラーである。原作者自身の言葉をかりていえば、「現代の怪奇“下山事件”にも似た物語」で、これを衣笠貞之助監督は、昭和三十二年『鳴門秘帖』いらいの久々の時代劇というので、原作者からすすめられた松本太郎の「徳川制度史」や田村鳶魚「御殿女中の研究」などの文献を参考にして、ガッチリした時代劇にしたいと抱負を語っているが、ねらいは「チャンバラが時代劇の醍醐味だといわれてきたが、こんどは原作のもつサスペンスを、画面に十分盛り上げることによって、新しい時代劇の面白みをみせたい」ことにあるようだ。相変わらず勧善懲悪をテーマの娯楽時代劇に、真っ向から挑戦した衣笠貞之助監督の言葉である。

 これを追うようにして、東宝が映画化するのは週刊A誌に連載中の「黒い画集」、原作同様中編のシリーズ映画として秋からつづけてスクリーンに登場の予定だ。これは原作者は完全なフィクションながら、ニュースストーリーのごとく小説よりはるかに真実感を盛ったスリラーで、すでに「遭難」、「坂道の家」、「証言」が完結している。東宝が映画化するのは『証言』で、脚本橋本忍(完成済み)、監督堀川弘道で九月撮影開始を目標に目下準備中だ。ストーリーは、パトロンとの手がきれた妾が、家を売りに出すと、しばらくして彼女が白骨死体となって発見される。娘の非運をいぶかしく思った母親が、コツコツと足で調査に乗り出し、ついに巧妙な殺人トリックを解明するというもの。ひところ物語が菊村到の「事件の成立」ににているという、いわくつきの小説だ。

 東宝では、全部で十編に分かれるというこの「黒い画集」シリーズで製作し、「東映の“警視庁シリーズ”とはまた持味の違った連続ものをつくりたい」(三輪礼二プロデューサー)と意欲的だが、このほかでは日活がやはり週刊M誌にのった「蒼い描点」と、短編「地方紙を買う女」を『悪魔の白い手』と改題、監督若杉光夫で映画化する。大映が「白い蘭」の映画化権を獲得、また東映も『0の焦点』の準備をすすめ、十五作(「黒い画集」シリーズを含む)の松本清張ものが、この秋からスクリーンに登場が予定されているわけだ。