万五郎天狗

   

1957年8月6日(火)公開/1時間26分大映京都/白黒スタンダード

併映:「夜の蝶」(吉村公三郎/京マチ子・山本富士子)

製作 酒井箴
監督 森一生
原作 野村胡堂(「万五郎青春記」より)
脚本 土屋欣三
撮影 本多省三
美術 太田誠一
照明 中岡源権
録音 大谷巌
音楽 宅孝二
助監督 田中徳三
スチール 松浦康雄
出演 小野道子(お夏)、浦路洋子(深雪)、阿井美千子(文字花)、舟木洋一(乙女之助)、香川良介(成瀬織部)、潮万太郎(半助)、千葉登四男(徳川継友)、若杉曜子(美津)、清水元(小川東馬)、志摩靖彦(藪田信濃守)、荒木忍(津田近江守)
惹句 『密書をめぐって追いつ追われつ颯爽雷蔵の行くところ、降るは血の雨、恋の雨』『人か、天狗か、飛んで、走って斬りまくる雷蔵若様大暴れ

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 ごく普通の娯楽作品だったが、彼は、脚本について、非常に強硬な異議をとなえた。雷蔵にしては珍しいことだったので、それを受けた責任者の私(辻久一)は、よくおぼえている。彼は珍しく興奮して、ある部分の改訂を要求した。それは彼の役柄を左右するようなものでなく、共演者の役の問題なのである。私は初め彼の真意が了解できなかったが、しばらくして気づいたことは、その共演者の役が、主役に大きく影響を及ぼすほどの深さとひろがりを持つことに対する不満、ないし抗議であった。明らかに、彼のわがままである。

 もちろん彼は、その理由を露骨にいうことはしなかった。歌舞伎の世界からつながっている特有の意地悪である。しかし、私は了解した。彼は、この作品では座頭である。歌舞伎の常識では座頭のいい分は、絶対である。彼はいらだたしく、その権威を発揮した。(「侍・市川雷蔵 その人と芸」より)

 

    

◆ 梗 概 ◆

 享保年間--幕府は尾張家の動向に異常な神経をはらい、隠密を放って名古屋城に潜入させていた。それというのも、尾張の当主継友と将軍吉宗とは、かつて将軍の職をめぐって激しい抗争を行ったからである。隠密支配藪田信濃守の命を受け尾張に赴いた隠密の一人小川東馬は、苦心の末、完成した名古屋城の防備図を、旧知の江戸役者坂東半助とその妹お夏に信濃守に手渡すように頼み、みずからは尾張の家中の手にかかった。

 兄妹は海路江戸へ向ったが、上陸直前になって尾張家の厳重な取調べを逃れるため、積荷の中の鳴海絞の一反に、預った密書を押込んだ。この密書をめぐって、信濃守一派と、尾張家の争奪戦が始まった。積荷の鳴海絞はすでに売り捌かれ、密書の行方も不明。継友の弟万五郎は、兄が吉宗に反抗するのを無謀と思い、身をもって尾張六十二万石を護ろうとした。

 密書はやがて、文字花と名乗る常盤津の師匠の手に入った。これを知った万五郎は、勇躍彼女の家を訪れたが、その間に尾張家家老の娘深雪が現われ、万五郎が訪れるとも知らず密書を奪って逃げた。しかし、藪田の輩下の待伏せにあい、彼女は捕われの身となったが、密書は途中、神社の賽銭箱に投げ込んだ。

 一方、ようやく藪田の卑劣さに気附いたお夏は、万五郎たちに味方しながら、例の賽銭箱から密書を発見した。しかし、藪田方に捕えられ上に、密書は遂に、幕府方の手に陥ちてしまった。この密書を証拠に、継友は幕府への謀心を激しく追及されたが、そこへ突如万五郎が小川東馬を伴って姿を現わし、一度改修した城も既に旧に復してあり、この度の事件は全て藪田の野心を遂げるための陰謀であることを明らかにした。かくて悪人滅び、吉宗もこれまでのいきさつを一切水に流し、継友と膝を交えて語り合った。一方、万五郎は深雪と共に尾張へ帰って行った。(キネマ旬報より)

深沢 哲也

 部屋のなかの密談を、ほかの人間がそとで立ちぎきする━という不自然な場面が二、三度あらわれる。この人間がいつ、どこから入ってきたのか説明がないから、見るほうは甚だ唐突な感じを受ける。この場面ばかりでなく、いったいに話の組み立てが荒っぽすぎると思う。

 家老の娘が、常盤津の師匠の家へ突然あらわれるのもおかしいし、役者の妹が、密書を手に入れて屋敷へかけつけると、丁度そのときカタキの侍たちがブラブラ歩いていて、彼女の姿を見つけるあたりなどは、作り方が安易すぎる。この侍たちは、屋敷を監視していたのかも知れないが、それならそのように描くべきだろう。

 大名のお家の興亡をかけた密書を、徳川の隠密と大名一家がうばい合う━という話は、時代劇の方程式のようなものだが、侍たちをシリ目に、密書が人の手から手へ、転々と移ってゆくプロセスを描いた部分には、双六のようなおもしろさが、ちょっぴり出ていた。これも使い古された"手"なのだが・・・。興行価値 いずれも二本立用にしか使えないが、スターを宣伝すれば更によし。(キネマ旬報より)

 

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 野村胡堂作「万五郎青春記」は、1955年河出書房刊大衆文学代表全集(全24巻)の第9巻・野村胡堂集で読める。なお、雷蔵主演の他に東映で『尾張の暴れ獅子』として監督河野寿一、主演大友柳太郎で61年にリメイクされた。

野村胡堂(1882-1963)本名:野村 長一(おさかず)。「銭形平次捕物控」の作者として知られる。娘は作家の松田瓊子。

 1882(明治15)年10月15日岩手県紫波郡大巻村(現紫波町)に生まれる。1902(明治35)年盛岡中学卒業後、1907(明治40)年東京帝国大学法科に入学、1910(明治43)年卒業を目前にして父の死亡により退学。同年郷里旧彦部村出身、日本女子大学卒の橋本ハナと結婚。
 1912(明治45)年報知新聞社に入社、政治部に配属、記者生活に入る。大正3年政治面の政閑期の記事「かこいもの」に初めて胡堂のペンネームを用いる。
 1924(大正13)年「あらえびす」のペンネームを使って報知新聞のコラムに音楽漫談「ユモレスク」を連載。1931(昭和6)年に文芸春秋社「文芸春秋オール読物号」に“銭形平次”を創作掲載、以後27年間書き続ける。1949(昭和24)年補物作家クラブを結成し、初代会長に就任。

 1957(昭和32)年眼疾患悪化のため「オール読物」8月号の銭形平次「鉄砲の音」で創作活動を閉じる。1958(昭和33)年菊池寛賞受賞、1959(昭和34)年紫波町名誉町民に推挙、1960(昭和35)年紫綬褒章受章、1963(昭和38)年4月14日肺炎により死去。享年80。従四位勲三等瑞宝章を贈られる。(野村胡堂・あらえびす記念館Websiteより)

野村胡堂・あらえびす記念館 

 胡堂の生家近く、小高い丘ににたたずむ銀傘の館、野村胡堂・あらえびす記念館。近くに清流北上川が洋々と流れ、北に岩手山が悠然とそびえ、西には生家が眼下に眺望できる景勝の地に建設されています。
 記念館では、人間野村長一、小説家野村胡堂、音楽評論家あらえびすの数々の作品や執筆資料を総合的に展示しています。このほか、最新の映像・音響機器により映像化された胡堂作品やあらえびすが愛したレコード音楽を楽しむことができます。(記念館Websiteより)

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