雷蔵の名が出てくるところをちょっとだけ

〜永田雅一の放漫経営は続き、末期症状に陥っていた。追い討ちをかけるように、1969年、勝新太郎と二枚看板を形成していた時代劇スター・市川雷蔵が死去、ジリ貧の会社は大ダメージとなった〜

集英社新書(8/08)