大映京都で製作中の『弁天小僧』は伊藤大輔監督、主演に市川雷蔵、近藤美恵子らを迎えて、撮影をいそいでいるが、伊藤監督としては久しぶりに手がける時代娯楽作だけにその演出ぶりもなかなか慎重だ。“文句なしに面白い時代劇にしたい”と語る監督の弁を聞いてみるとー。

今度もまた貧乏長屋と大捕物が出てきますがね。私の作品に貧乏長屋がよく出て来るというのは、大体私の書くものには、反骨の出てくるものがないので、武家、豪商と描いてくると、どうしても身分の対照から、中間的なものを飛びこしてストンと最下級の貧乏長屋の人々を出すようになってしまうのです。

 この映画でも浜松屋の娘お鈴(近藤美恵子)と貧乏長屋の娘お半(青山京子)が、友達同士になっているので、双方の生活の比較から、こういう設定になったのです。

長屋の場面で今も印象に残っているのは、無声映画時代の『丸橋忠也』で、山田五十鈴君が長屋の娘に扮し、雪の日に売春に立つところがあります。トーキーになってからでは『丹下左膳』のチョビ安の長屋、『王将』の坂田三吉の長屋も忘れられません。新世界の通天閣の見える長屋、三吉が妻を亡くしてから、昔をしのんで戻ってくる。あの場面がたまらなく好きですね。それと私が長屋を好む理由は、ここの大道具さんが日活以来伝統的に、御殿と長屋を作るのが日本一うまい。生活の両極端の御殿と長屋のセットがどちらもうまいというのは、実に面白いと思うんですよ。

(サンケイスポーツ大阪版 11/05/58 )